ガンダムバトルクロニクル

ガンダムバトルクロニクルというPSPのゲームをプレイしてみたのでその感想を書きたいと思います。
ガンダムバトルシリーズとなっており、ファースト間ダムシリーズから新しいモビルスーツも登場していますね。
モビルスーツを自分好みに強化することができるようになっているというのがこの作品の特徴といえるでしょう。
また通信をして対戦やミッションを一緒にプレイすることができるというのも良いですね。
さらにマイナーなモビルスーツをプレイすることが出来るというのもいいですね。
量産型ガンキャノンやジムなどといったガンダムファンであれば知っているというモビルスーツに乗ることが出来るというのはかなり楽しいですよ。
新規参入したモビルスーツが多いですので、全てのキャラを鍛えようと思ったら結構やり込めるのではないでしょうか?
またグラフィックもレベルが高いですし、BGMもガンダムの馴染みの曲が収録されていますので良いですね。
なお機能性のあるモビルスーツが中心となってしまいますので、あまり知られていない、もしくは性能の悪いモビルスーツはそれほど使わないという人が多いかも知れません。
Sガンダムやキュレベレイなどはかなり強化されてしまっていますので、強いキャラを使った後で弱いキャラを使ってしまうと物足りなく感じてしまうかもしれません。
また読み込み時間が長すぎるという点もデメリットかもしれませんね。
それに操作も良いとは言えません。
ガンダムバトルクロニクルを初めてプレイするという人は操作に慣れないのではないでしょうか?
反対に他のロボット系ゲームをしている人であれば楽しめることが出来るのではないでしょうか?
ちなみにステージが狭いですので、気が付いたらエリアギリギリだったということもあると思います。
これは移動速度が速いモビルスーツだと特に感じるのではないでしょうか?
ですが全体的に見て完成度が高く、ロボットやガンダムが好きだという人であれば楽しむことが出来るのではないでしょうか。

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2011年7月31日 | コメント/トラックバック(0) |

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あっちとこっち

 腰乃は、非常にゆっくりとしたストーリー、もとい人の心の動きを、細かに描く作家である。出逢いから好きになって、両想いになって、互いに気持ちを伝えて結ばれるまでを、とても丁寧に描いているのだ。決して構成や盛り込まれた出来事が平坦な訳ではない。寧ろ目まぐるしいくらいの行動や言葉、メールなんかのやりとりがあるのだが、そう簡単に想い通りに相手が動いてくれる訳ではないし、両想いになったとしても、それを確かに互いに理解して愛し合っている状態とは、大きな違いが存在する事から、眼を背けない。
 この作品に於いて、気持ちの伝わり方、寄り添い方は、彼等を隔てるフェンスとして表現されている。実際に彼等、高校生の中島とサラリーマンの松坂は、フェンス越しに出逢ったのが始まりであるのだが、彼等の間に何らかの気持ちの隔たりが生じている時、心の壁というか、向かい合っていながら通じない物があるという象徴として、漫画的表現として度々登場する。フェンス越しには言葉は伝わっても、心は何処かよそよそしいままだ。しかし、それを乗り越えて、向こう側へ行く事が出来れば、通じ合える。恋にはそういうほんの少しの、でも大きな勇気が必要だという事を、とてもよく表した上手い手だと想う。何度も出現する心のフェンスだが、最終的に中島は、そのフェンスを突き破って松坂の傍へ行く。それまでの経過がフェンスのあり様と共に描かれてきたので、感動も一塩なのだ。
 フェンス越しに出逢った二人が、フェンスを越えるまで。ただそれだけの話なのだが、その心の動きに注目して欲しい。

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2011年7月30日 | コメント/トラックバック(0) |

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ブギーポップは笑わない

 昨今のライトノベルの位置付けや形式を形作ったのは、間違いなくこの作品であろう。今でも多少残ってはいるが、ブギーポップ以前のライトノベルといえば、漫画でやればいいのに、と想うような作品が殆どであった。しかしこの作品は、文章でこそ出来る事がある筈だ、という事を我々に示してくれた作品である。作者・上遠野浩平自身も、ライトノベルは文学であると主張するように、文学作品にしか出来ない表現・主に心理描写や第三者的視点を多用しながら、”世界の敵”と事件の顛末、ブギーポップという都市伝説的なヒーロー(ヒロイン?)を浮かび上がらせている。
 作品全体の空気は、とても暗鬱である。キャラクター全員が何処かストイック且つ虚無的で、高校生がメインキャラクターの殆どを占めるが、皆高校生という決められた狭い世界の中で、諦観とも言うべき感覚で生活しており、冷たいような印象すらある。その雰囲気を描き出す事に成功しているのも、上遠野浩平の文章力によるものだが、その上に、”美しい物が美しくある絶頂の時に、醜くなる前に殺しにくる死神”とされるブギーポップという都市伝説を浮かび上がらせる手腕が素晴らしい。様々な人物の視点から状況を描き、やがて事件の真相が解り、都市伝説・ブギーポップがそれを終結させる、という構成も見事である。今ではよくある手なのだが、ライトノベルというジャンルで、文章表現だから出来る事としてこの手法を確立したのは、この作品が初めてなのではないか。
 人物一人一人が主役たり得る世界を持っていて、最後にそれが繋がり、”世界の敵”の首を刈って闇の中に消えてゆくブギーポップ。この構図を提示出来ただけでも素晴らしい事であるし、何より文章に出来る事を、ライトノベル的な作品で作り上げたものとして、今なお読まれるべきであると想う。

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2011年7月29日 | コメント/トラックバック(0) |

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けいおん!!

日常系アニメというのは、最近のアニメ界のブームであろう。90年代から00年代は、セカイ系や不条理系、鬱展開等の悩み・苦しみ、いつもぎりぎりで切羽詰まったストーリーの作品が持て囃されたが、その00年代末期から目立ち始めたのがこの日常系である。正直に言って、ストーリーの面では物足りない。キャラクターは可愛いが、彼女等は狭い世界から出る事なく、何処にでもある日々を過ごすだけなのだ。しかし、この作品に限って言えば、世界が狭い事の何処が悪い! と正面切って、バンド活動に勤しむ女子高生を描いていて、ラストには感動まで呼んでしまった快作である。その原動力は一体何なのだろう。
 キャラクターは勿論可愛い子達ばかりで、特に問題児的な子は一人もいない。性格の別はあるのだが、皆普通のいい子で、特に大きな問題を起こす事なく、女子高生をやっている。アニメと云うフィルターを通してはいるが、彼女達のような悪くも暗くもない女子高生は何処にでもいるのだ。しかし、何処にでもいる女子高生がつまらないと、誰が決めたのだろう。彼女達はバンドに一生懸命で、毎回少しの脱線はあるものの、進路やテストに悩みながら、放課後は毎日バンド練習に励んでいる。この作品の最終話を含む数話において、メインキャラクターの四人の高校生活最後の文化祭が描かれた。下級生も一人含めての五人のバンドなのだが、このように毎日集まって、文化祭に向けて一生懸命練習して、ステージをやり遂げると云う日常は、ここで終ってしまうのだ。そのせつない気持ち。視聴者はゆっくりと彼女等と共に日常を体験してきた訳で、彼女等と同じ生活の時間を知っている。それが失われてしまう事。誰も死んだり苦しんだりしないが、日常の中にある想いを、このジャンルにしか出来ない形で描き切った事が、素晴らしいと想う。

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2011年7月28日 | コメント/トラックバック(0) |

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ことばのパズルもじぴったん大辞典

 タイトル通り、文字をはめ込み、言葉を作ってゆくパズルゲームである。シンプルで、日本語話者であれば誰でもプレイ出来るが、実に奥が深いのである。いくつかあるモードは、制限時間内に指定の問題を解くか、時間制限なしでじっくり考えるか、というようなものである。日本語は五十音+αで構成される言語である事を考えると、それこそ回答は無限にある為、一度解いた問題であっても、毎回違う答えが出来るし、飽きが来ない。ステージも様々に工夫が凝らされ、フィールドの形も面白い。問題の内容は”ゆび”の付く言葉を十個作れ、とか、一度に三つ以上の言葉を作れ、とか、偶然だけではクリア出来ない仕様になっている上、ゲーム自体が大量の言葉を覚えており、単語・熟語・名詞・擬音語・地名まで網羅している上、言葉の解説もしてくれるので、知識も付く。一定のステージをクリアする度に、様々な言葉の意味を記した辞書が獲得できるし、今まで自分が作った言葉の数や意味も、後から見直せるのも嬉しい。ステージ攻略につまっても、任意の文字を含む言葉を検索する機能もついているので、投げ出さずにじっくりプレイしてゆける。
 また、このゲームの音楽を提供したメンツが、実に通好みなのである。Perfumeのプロデューサーで知られる中田ヤスタカや、「スポンジ・ボブ」への楽曲提供経験のあるPlus-tech squeeze boxのハヤシベトモノリ等、エレクトロポップ好きには垂涎もののメンバーがこのゲームの為に楽曲を書き下ろしたり、リミックスを提供しているのだ。ポップでキュート、かつクレバーなこのゲームのイメージにぴったりとはまっている。

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2011年7月27日 | コメント/トラックバック(0) |

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おおきく振りかぶって

 野球漫画というジャンルは、最早飽和状態となって久しい。ほぼ全てと言ってもいい、少年誌・青年誌の掲載作品に、一つは常に野球漫画が連載されているほどだ。過去の作品にも、巨人の星やドカベンから始まり、近年ではMAJORやMr.フルスイング等、トンデモ野球というジャンルを含めて、余程の事が無い限り、野球漫画というだけで埋もれてしまうのは必須である。しかも、この作品は所謂正統派野球漫画で、主人公達メインキャラクターは高校球児である。昨今の状況では、成功の見込みは全く無いと言っていいだろう。しかし、この作品は文句なしに面白く、アニメ化もし、人気作となっているのだ。
 その原因の一つは、主人公のエース・三橋のキャラクターにあるだろう。ピッチャーの癖に、引っ込み思案で気が弱く、中学時代には苛めに遭っていた経験すら持っている。投球の腕は、特筆すべき点はコントロールが抜群にいいくらいで、球はむちゃくちゃに遅いという、漫画の主人公としては魅力に欠ける腕しかない。おまけに頭は余りよくなく、ただただ、マウンドに立っていたい、エースでありたいという気持ちがやたら強いだけで、他はふわふわした情けない少年である。そんな彼の球を捕るのは、しっかり者だが気が強くて向こう見ずな面のある、気の短い捕手・阿部である。阿部もそうなのだが、たまに読者も本気で、三橋に対して「こいつどうにかならないのか」と想ってしまう程、三橋には苛々させられる。言葉はろくに通じないし、ひたすらうじうじしているのだ。しかしながら、三橋の行動が表面的に解り易いだけで、メインキャラクターの野球部全員が、何らかの面で、性格が少し歪んでいるのである。先述の阿部も、中学時代にバッテリーを組んでいたかなり自己中心的なピッチャーがトラウマとなり、言う事をきかない投手を極度に嫌う。他にも、四番バッターが余りにも天才的に出来が良いので、変な嫉妬を抱いてしまうキャプテンがいたりと、全員が少しずつ、何か欠けているのである。完璧な奴というのは、一人もいない。きっと、だからこそそんな彼等目が離せなくなってしまうのだろう。試合のシーンも面白いが、足りない何かを抱えながら、成長をする彼等の姿こそが、この漫画の醍醐味なのだ。

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2011年7月26日 | コメント/トラックバック(0) |

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夕凪の街、桜の国

 戦争漫画、その中でも原爆を扱った作品は数あれど、現代作品で、且つ原爆投下後の、被爆した人々の気持ちに寄り添った作品というのは、他にはないだろう。何よりもこの作品の特異さは、原爆・戦争批判に留まらず、被爆してもなお強く生きる主人公に主眼が置かれているところだ。
 実際の原爆投下のシーンも描かれてはいるが、それよりも大切に描かれているのは、被爆に対する苦しみである。被爆しても、生きている。生きているからには日常がある訳で、そこへひたひたと原爆後遺症の黒い影が迫ってくる。この作品は三部構成であり、三世代に渡っての物語であるが、その全ての世代に於いて、原爆と、被爆に付随する病がずっと傍にある。
 被爆者である皆実は、原爆によって負った傷を見る度、他の人々を押しのけて生き残った事を想い出す。日常を生き、小さな幸せを感じる度に、強烈な罪悪感を抱いてしまう。生きたいと一度は願ったが、生き残ってしまった、という感情も持ち続けていて、物語の中で、生き残ったからには、自分が原爆の事を人々に伝えるべきだ、と想うに至るのだが、それと同時期に原爆症で床に臥してしまう。折角生きようとしたところにまた、後から追ってくる凶器のおそろしさを、どんな作品よりも感じた瞬間である。生きたいと願っていた彼女は、戦中も戦後もなく、恋をしたり働いたりしていた、一生懸命な普通の女性だ。彼女の日常を中心に描かれているが故に、突然原爆症が彼女に襲いかかった時の絶望感が凄まじい。こうの史代は彼女の病を、黒く切れてゆくコマで表現したが、その暗さ、寂しさは、実際に体験する事は出来ないが、その恐怖を、くやしさを、如実に表現したものになっていると想う。

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2011年7月25日 | コメント/トラックバック(0) |

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彼は花園で夢を見る

 よしながふみは、やさしい。きっと、それは人格的なものであり、哀しいばかりのストーリーだって、きっと描けてしまう筈だが、必ずやさしい救いを残す物語を、いつも選んでいる。この作品においても、哀しく、世界に希望も何も持たないような人物が出て来るし、そんな人をまた傷付ける出来事がどんどん起こる。愛した婚約者を結婚前夜に失った男爵。砂漠の中でやむを得ず愛する我が子の咽喉を掻き切って捨てねばならなかった旅の音楽師。戦争で母を亡くし、自分を拾ってくれて家族と慕っていた人にもまた捨てられた少年。死んだ妹のかわりに男爵の元へ嫁ぎ、たった一夜しか本当の愛を得られず、身を投げた女性。これ等全ての人々が、オムニバス形式で四篇に渡って描かれている。四篇のうち、四番目の後半まで、悲しみの連続である。幸せはほんの一瞬で壊れてしまい、残された者には喪失感だけがある。しかし、最後の最後、ほんの数頁に、救いが用意されているのだ。
 愛する人を失い続けてきた男爵と、お抱えの楽師は、世を儚んで屋敷の塔から身を投げるが、庭に咲く一面の見事な花園がクッションとなり、身体は打ったが、命には別条はなかったのである。庭に花をたくさん植えたのは、男爵が本当に愛した一人の妻であった。彼女ももう亡き人となっていたが、彼女が育てた本当に見事な庭は、ずっと残っていて、その庭が男爵を想って作られたものだという事だけは確かだったのである。何だかんだで、死ぬ気を失ってしまった二人は、その後も結構長生きする。失ったものは多くても、残されたものもあったのだ。
 こんなやさしい結末がある事が、本当によかったと想える良作である。

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2011年7月24日 | コメント/トラックバック(0) |

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佐藤くんと田中さん

 佐藤くんは、吸血鬼である。見た目はちょっと背の低い高校生男子だが、百年近く生きている、本物だ。この作品は吸血鬼ものでもあるのだが、主要な部分はラブコメディーであり、吸血鬼の出てくる漫画にしては、非常に控え目である。と言うのも、まず吸血鬼たる者が、高校生の姿をして、”佐藤”なんて極々ノーマルな名前を名乗っているところから始まって、血に飢えているシーンもなければ、蝙蝠なんかに変身したりもしない、ゆるい吸血鬼なのだ。更に、田中さんの祖母・文子を70年間愛し続けていたり、ひどい別れ方をした女性との関係を引き摺っていたりと、情にもろくて、不老不死だったりする以外は、普通の人間のようである。田中さんの血を狙っていたりとか、無理やり人間を吸血鬼に変えたり、といったハードな展開はない。ないのだが、そこがこの作品のよさであって、ラブコメディーとしての甘酸っぱさが、吸血鬼のちょっとした要素によって演出されていて、とても良いのである。
 佐藤くんは長く生きているし、基本的に不老不死のようなので、今後も生き続けるだろう。しかし、人を愛する気持ちというのは、人間のそれと同じで、愛する人を”永遠”にする事も可能だが、今まで”永遠”に連れ去った人間はいないようである(連れ去ろうとしてふられた事はあるが)。無理やり愛する人を連れ去るのも、ポリシーに反するようであるし、そういう事が出来ない程、色恋に関してはピュアな心の持ち主なのだ。
 佐藤くんは吸血鬼だが、ほんのちょっとだけの吸血鬼である。ダークなファンタジーは今のところ期待出来ないが、吸血鬼にしかない、ちょっと不思議な新しい感覚を入れ込んだラブコメディーが楽しめる。と言っても、今のところ、ヒロインである田中さんには興味はないみたいだが、田中さんは佐藤君が生涯で一番愛している人の孫で、その人に瓜二つである。その関係の行方も楽しみだ。

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2011年7月23日 | コメント/トラックバック(0) |

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姫のためなら死ねる

『姫のためなら死ねる』さてなんと読むでしょうか。わかりますか。『ひめのためなら死ねる』ではありません。『きみのためなら死ねる』と読みます。タイトルからしてユーモアがあふれています。『姫のためなら死ねる』は4コマギャグマンガです。では、タイトルにもありますように『姫』とは誰なのか?答えをいいますと、姫は枕草子で有名な清少納言がつかえた藤原定子のことなのです。藤原定子はふじわらのていしと読みます。さて、『姫のためなら死ねる』というタイトルなのだから、姫のためなら死んでもいいと思っている人がこのマンガの主人公キャラクターです。そう、このマンガの主人公キャラクターはあの清少納言なのです。清少納言と言えば、『春はあけぼの―』で有名な枕草子です。聡明で日本が誇る女流作家の一人です。同じ時代を生きた源氏物語の作者紫式部と並んで称されるほど有名です。しかし、この『姫のためなら死ねる』の清少納言はもと引きこもりのエリートニートです。そして、タイトルにもあるように姫のためなら死ねる覚悟、姫・藤原定子のためなら死んでもいいと思っているくらいの忠誠心を持っています。というか藤原定子を好きすぎるのです。エリートニート気質が抜けていないし、少し変なところもある清少納言なのでストーリーはおもしろおかしく進んで行きます。まだ単行本は1冊しかでてはいませんがとてもおすすめできる作品です。インターネット上で連載もしていますので、試しに読むこともできます。

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2011年7月22日 | コメント/トラックバック(0) |

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